可哀想!と大変!は思考の中にあった

『娘が可哀想!』『娘が大変な目に合ってる‼』
『娘が迷惑な事をしているのではないか?』『事件!!!』
そう思う私の価値観に問題があるのであって
現実世界に問題はなかったんです~~~~!!!!
デパートでニンテンドーDSが無くなった時、私は『盗られた!』て思ったけど盗られてませんでした。
娘がお友達からショッキングなお手紙をもらった時も『ひどい!』と思って泣いてたけど、ひどい事は起きてなくて冗談で盛り上がった延長の手紙でした。

な~~~~~んだ!
問題は私の思考の中にあっただけじゃんね。

あ~~~~~良かった!!!!
誰も悪くなかった~~~~~~~!!!!

「いい世界だった。」「いい人ばかりでした!」「誰も悪くなかった!!!」
声にだして、脳に教えてあげてます。
完了形というか、現実を過去形にしてお話してあげないと、脳はわからないのだそうです。
育児は、育自。
自分を育てているのだそうです。
その通りなんだなーって、思いました。
とにかく、学びです。
毎日、勉強!!!!!
脳の為にフランキンセンスを嗅いでおきます。
『世界は平和だった』と、自分に言い聞かせます。

実は…私は、日本のニュースを一切見ません(笑)。
それなのにどうしてもアフリカの報道は読んでしまいます。
20代のころからアフリカへの寄付を続けています。
それはそれで、いいんです。

ただ、私の脳や価値観が【戦争や、奪うことが人間の本能であるかのような報道】へ傾倒していたと思います。
『生きられるのか?奪われるのか?』という、強い恐怖心がある世界観に自分から近寄っていたと思います。
だからdoTERRAのコ・インパクトソーシングの事も、泥棒におびえなくなった農家さんや、売春しなくて良くなった農家さんに感動するのだと思います。
私は『奪われるのではないか?』『恐ろしい事が起こるのではないか?』
『ツライ目にあわされるのではないか?』を、旧いの価値観だったと、終わらせることにします。
日々、バージョンアップです!!!
日々、勉強します!!!
何故か?
吉田松陰先生はこう言ってました。
「なぜ勉強するのか?善い人になるために。」(スーパー意訳w)

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